日本酒を仕込むタンクは現在ホーローやステンレスが主流ですが、そのような素材のなかった70年ほど前まで日本酒は木桶で醸造されるものでした。木桶で仕込むほうが天然の酵母や乳酸菌が活発になって、酒は複雑味を増し、味に奥行きが出ます。さらに温めればより穏やかになる。十八代蔵元であり杜氏(酒造りの最高責任者)も務める仁井田穏彦は木桶仕込みを復活させるべく、2017年から試験的に木桶を導入し始めました。木桶仕込みのほうが金属タンクに比べてぼこぼこと泡が沸き立ち、違いは一目瞭然でした。現代の日本酒は全体的に純度が高く、綺麗で、余計な味がしないという方向に向かう傾向にありますが、仁井田本家が目指すのは“単調ではない”日本酒。木桶仕込みの味わいは複雑で多様、まさに目指しているイメージと一致するものでした。
それ以来、少しずつ木桶を増やしています。先々代が植えてくれた自社山の杉を伐採し、同じ田村町の坂本製材所さんに製材を依頼しています。一般の建築材に比べて木桶は特殊な木取りを求められますが、長年の経験によって歩留まりよく木取りをしてもらい、1年以上の乾燥期間を経て木桶をつくっています。またその端材は桶の蓋やミツバチの巣箱にするなど、無駄なく使用しています。在来種のニホンミツバチを巣箱に集めるのは難しいと言われていますが、自然農の環境が功を奏して、敷地内に仕掛けた10カ所のうち9カ所に集まるようになりました。先々代から受け継いだ資源を無駄なく使い切ることで、より良い循環を形作っています。