昔はどこの酒蔵にも必ずお抱えの大工がいました。酒の仕込みが終わる春には木桶のタガを締め直してメンテナンスを施し、「仕込み桶」として長年使用した後には日本酒を貯蔵する「囲い桶」となり、さらにその後は醤油屋、味噌屋で再利用され、ひとつの木桶が100年以上にわたって使われてきたのです。そんな日本の発酵文化を支えてきた木桶ですが、ホーローやステンレスのタンクが主流となったことで、大きな木桶をつくれる職人さんが減り、後継者がいないことでその技術が失われてしまうことが危惧されています。

そんな状況もあって仁井田本家では、2017年以降2本目の木桶をつくれない状況が続きました。そこで、木桶仕込みの技術をつなぐ「木桶職人復活プロジェクト」に取り組む小豆島のヤマロク醤油さんに依頼して、奈良県の吉野杉でつくっていただいたのが2本目の木桶。そして、そのプロジェクトに賛同する形で私たちも「福島木桶プロジェクト」を立ち上げました。これは年に1本ずつ自社山の杉で木桶をつくっては既存のホーロータンクから切り替えていくというもので、ヤマロク醤油さんのもとで学んだノウハウを活かし、福島の職人さんたちの力を借りながら、3本目以降の木桶は自分たちでつくりあげています。この3本目の新桶で醸したのが、2022年に発表した最初の「にいだぐらんくりゅ」なのです。毎年自分たちで木桶をつくるようになったメリットは、酒造りにおいてだけではありません。

「酒造りだけでなく、村の環境をより良い状態で後世につなぐために、山の環境を整えることは不可欠。杉が密に育ってしまうと光が遮られ、山自体の元気がなくなってきます。間伐して今度はそこに広葉樹を植えていけば、その実を食べに動物も集まってくるだろうし、保水力の高い広葉樹が増えれば、僕らの大事な原料でもあるお水を守っていくことにもつながる。それに100年使った木桶を自然に還してやれば、そこからまた木が育ってそれを木桶に……というふうに、永久に循環していけると思っています」(十八代蔵元・仁井田穏彦)