仁井田本家が自然派の酒蔵へと大きく舵を切ったのは、創業300年の節目でした。それまでにいだのお酒を仕込んできた南部杜氏の佐々木昭七さんが引退したため、十八代蔵元が自ら杜氏を引き継ぐことを決意し、2010年から歴代初の蔵元杜氏となります。ちょうど蔵のすべての酒を自然酒に切り替える準備が整い、杜氏として最初の仕込みを終えた2011年に、大々的に「自然派宣言」を発表しました。しかし、そのタイミングで起こったのが東日本大震災と福島第1原発の事故でした。

福島の生産品は風評被害を受けて、自然派とは正反対のレッテルを貼られてしまいました。米や野菜への風評は深刻で、有機栽培や自然栽培はなおさらでした。福島の酒蔵として次世代のために何をすべきか、必死で考えてたどり着いたのは、やはり自然派にこだわり続けるということでした。無農薬の田んぼを村中に広げ、おいしい自然酒によって福島の魅力や安全性をアピールし続けていけば、その田んぼは将来、仁井田本家のみならず地域の財産になるはず。さっそく蔵元は風評被害に苦しむ県内の有機農家さんを訪ね、食用米から酒米への切り替えを提案していきました。なぜなら日本酒のような加工品はまだ風評被害が少なかったためです。その結果、県内の契約農家さんを増やし、蔵で使用する酒米の9割を10軒の契約農家さん(県内8グループと新潟、宮城の2軒)に育ててもらうことに。嬉しいことに、そのほとんどが働き盛りの世代が経営、もしくは若い息子さんと一緒にされている農家さんです。しかも蔵に届くお米がいいものだからお酒も美味しくなる。にいだの酒造りは、こうした農家さんたちに支えられているのです。