バープロデュースや、国産スピリッツ・ボトルドカクテルなどのプロデュースを手がけ、にいだのイベントではオリジナルの日本酒カクテルを提供するなど、日本酒の楽しみ方を拡張するバーテンダーの野村空人さん。そんな野村さんがオーナーを務める東京のタチノミ・リカーショップ「NOMURA SHOTEN」を訪ね、日本の飲酒文化とバーシーンのこれからについて話を訊きました。

 

空間を演出するように味を重ねる

 

これまで代々木上原の〈No.〉、表参道の〈GYRE〉、日本橋・兜町のホテルK5内の〈青淵-Ao-〉などのバーの立ち上げに関わり、さらにはメーカーのアンバサダーを務めるなど、バーテンダーとして新たな地平を拓いてきた野村空人さん。2022年に台東区三筋にオープンした「NOMURA SHOTEN」は、若い世代がもっと気軽に洋酒に触れられるように、バーの一歩手前にある空間として位置づけられた、立ち飲みができるリカーショップだ。

 

インタビューはまず、野村さんと仁井田本家との接点から訊いていくことにした。

 

「蒸留酒をメインにしたこういう立ち飲みスタンドを始めるにあたって、日本酒だったらどこがいいかなって友人に相談した時に紹介してもらったのが仁井田本家さんでした。女将と繋げてもらうとすぐに、去年の郡山でのにいだの感謝祭と、東京で開催されたにいだの出張感謝祭で、日本酒を使ったカクテルを作らせてもらいました」

 

 

野村さんがカクテルに使ったのは「しぜんしゅ にごり」と「百年貴醸酒」の2種類。野村さんは他の日本酒と比べて、仁井田本家のお酒をどう感じたのだろうか。

 

「日本酒は洋酒と比べてセンシティブで味わいも細やかなので、洋酒やシロップを加えることで本来の味が消えてしまいがちなんです。でも仁井田さんのお酒は芯があるので、足しても引いてもちゃんといる。爽やかでありながら、氷を入れても負けない味わいの太さがある。そしてそこに発酵由来のフレーバーも入ってくる。カクテルにしても壊れない強度があるから、僕としてはおもしろいんです」

 

「しぜんしゅ にごり」をベースに、杏仁のような甘い香りがするトンカビーンズを漬け込んだジンを合わせることで味に深みを出し、トニックで割ったシンプルなカクテル

 

カクテル作りにおいて野村さんが大事にしているのは、お酒の存在感がちゃんと残るようにどう構築していくか。そのプロセスについて教えてもらった。

 

「ベースとなるお酒の味をまずは理解したうえで、フォーマットとなるレシピを当てはめてみるんです。百年貴醸酒でしたら、シェリーっぽさもありつつ、日本酒らしい余韻があるから、ここに甘さを足すかどうかを考える。そして同じトーンのフレーバーを足してみる。この時、他の素材がどれくらい加わると本来の味が消えてしまうかという境界も見極めていくんです。その過程で、ロングにするかショートにするかも決めていきます」
これまで数々のコンペでの受賞歴もあり、創作カクテルを得意とする野村さんだったが、実は日本酒カクテルには苦手意識があったという。

 

「造り手さんがこれ以上ない完成された味を造られているのに、そこに手を加えるわけですから。でも女将がどんどん好きにしていいと言うので、遠慮なくやらせてもらっています」

 

野村さんがそう言って微笑むと、その場に居合わせた女将の仁井田真樹は、「お客さんに一番近いところにいて、一番美味しい飲み方をわかっているのはやっぱりバーテンダーさんだからね」と言葉を返す。

 

 

2005年にロンドンでそのキャリアをスタートした野村さん。実家が小さな飲食店を営んでいたこともあって、家業の手伝いをすることはあったが、バーとの接点は働き始めるまで皆無だった。そもそも美大志望だった野村さんがバーの世界に飛び込んだのは、ロンドンでは実入りのいい仕事だったのが理由のひとつだが、働き始めてまもなく、その頭角を現すようになる。

 

「お客さんの中には、他のお客さんが飲んでいるカクテルを見て『あれが飲みたい』とリクエストする方が多くて、どんなカクテルが美味しそうに見えるのかを観察していくうちに、求められる美的センスのようなものがだんだん掴めてきたんです。美大を目指していたのも、もともとは空間演出をしたかったからで、一杯のカクテルをいかに美味しく“構築”していくかということなら僕にもできるかもしれない。そう思えるようになったんです」

 

色を混ぜるように味を重ねていく、独創的なカクテルの発想の根源にはアートがあった。帰国後はグローバルな視点を持つバーテンダーとして、業界内でその存在感を増していった野村さんは、バーのプロデュースという形で空間演出という夢も叶えることになる。2023年には、アートとカクテルの融合をコンセプトにしたバー「Quarter Room」を世田谷代田にオープンさせ、NOMURA SHOTENとは異なるアプローチで日本のバーシーンに新たな一石を投じている。

 

 

海外のバーシーンから学ぶこと

 

昨今、海外からの高い評価も受けて盛り上がりを見せる日本酒業界。お酒の価値の向上を願う野村さんは、日本酒業界の動向に期待を覗かせる。

 

「日本酒の幅が広がっているように感じています。仁井田さんも『にいだぐらんくりゅ』を造られているように、高価格帯のラインナップを多くの酒蔵さんが造るようになっているのはいい傾向だと思っています。それはただ価格を上げればいいということではなくて、造り手さんたちが自分の仕事により価値を見出すことにつながると思うからです」

 

お酒の価値を高めていくためのアプローチは、なにも造り手に限った話ではない。野村さんの話は、海外と国内のバーシーンへと派生していく。

 

「海外ではお酒を飲むにはまずバーに行くものですが、日本では1軒目は居酒屋です。居酒屋文化自体はいいものですが、あまりにも安くお酒を提供して価値を下げてしまっていると僕は思う。価格競争に走れば提供できるお酒も限られてしまうし、もっと美味しいお酒を知るためにバーに行こうとはならないと思うんです。そもそも飲食店をやることってとても価値あることだと僕は思っているし、全国の素晴らしい造り手さんたちが造ったお酒をちゃんと価値あるものに昇華することが僕ら飲食従事者の役目だとも思うんです。日本のバーシーンを底上げしていくためにも、お酒を提供する僕たちがもっとリテラシーを持って商売をしていくことが大事」

 

アボカドに白味噌を加え、ホタルイカと合わせた、NOMURA SHOTEN自慢のツマミ

 

これまで海外のバーシーンを巡って蓄積されてきた知見が、今の野村さんの仕事を支えている。そもそもバーテンダーという職業は、海外では人気の職業のひとつ。どうすれば日本でもその地位を上げられるか、バーという空間が日本の若者たちにとってもっと身近なものになるのか、日本のバーシーンのより良い未来を野村さんは常に見据えている。

 

「今盛り上がりを見せているのはアジアのバーシーン。台湾やシンガホールなどでは次々に新しいバーができていて、連日どこも若者たちで満席です。バーの立ち位置が明らかに底上げされていて、若い人たちが自分たちでお酒のカルチャーをつくっていこうという、そんな気概すら感じる。僕も最近インプットが足りてませんが、やっぱり日本を出て外の世界を知ることって大事ですね」

 

最後に、これからの仁井田本家に求めることを尋ねてみると、野村さんは少し考えてから「何か一緒にプロダクトをつくれませんかね?」と答えた。

 

「僕らは仁井田さんからいただいたプロダクトを加工してお客さんに提供していますが、仁井田さんのお酒がどのように造られ、どんなふうにしてこの味わいになっていくのか、そのプロセスをうちのスタッフと一緒に学ばせてもらえたら嬉しいです。結果として、お互いが思ういいプロダクトに着地できたらいいじゃないですか」

 

女将の返答はもちろんYES。業界に変革を促す新進気鋭のバーテンダーと仁井田本家がコラボレーションすることで、いったいどんな日本酒が生まれるだろう。いつかお披露目となるその日まで、楽しみに待っていてほしい。

 

 

取材・撮影=奥田祐也

 

 

NOMURA SHOTEN
住所:東京都台東区三筋2-5-7
営業時間:15:00-23:00
定休日:月曜日
Tel:03-5846-9755
Instagram:@nomura_shoten_tokyo
HP:https://r-k-k.jp/pages/nomurashoten

 

Quarter Room(クオーター・ルーム)
住所:東京都世田谷区代田5-10-7 B1F
営業時間:18:00-24:00
定休日:水曜日
Tel:03-6805-5540
Instagram:@quarter_room_tokyo
HP:https://r-k-k.jp/pages/1-4-room