自然由来の素材を用いて、こころとからだを整えるセルフケア製品を提供する「fragrance yes」の山野辺喜子さん。10年以上にわたってワークショップとyes.の製品を通じて、一人ひとりが自分と向き合う時間を持つことの大切さを伝えている。近年は仁井田本家の杉や蜜蝋を使ったコラボアイテムも作っているという彼女に、東京・代々木八幡のラボ兼アトリエでお話を伺いました。

 

一緒に問題と向き合うワークショップ

 

スキンケア・アロマブランド「yes.」は、「on」「off」「refresh」の3つの香りを中心に、防腐剤や酸化防止剤などの余計なものをなるべく加えない製品づくりをしている。「on」はペパーミント、ローズマリーなどの覚醒系の香り、「off」はオレンジやラベンダーなどのリラックス系の香り、「refresh」はゼラニウムやローズウッドなどの気分転換できる香りといった具合。そのメインの製品ラインナップに加え、森の香りをイメージして調香された「森へ行く日」などがある。

 

 

やさしい香りは“こころ”を癒し、自然の素材は“からだ”を癒してくれる。これらの癒しの素である精油(エッセンシャルオイル)を抽出する水蒸気蒸留法を、山野辺さんは毎回ワークショップでレクチャーしているという。

 

「蒸留する植物の枝葉をハサミで細かくカットして、水と一緒にフラスコに詰めて沸騰させます。発生した蒸気と一緒に植物内の香り成分を揮発させたら、今度はその香りを含んだ水蒸気を螺旋状の冷却管に通します。急冷して水蒸気を液体に戻すことで、精油と水(芳香蒸留水)に分かれて分液ロートに落ちていきます。この時、精油は水よりも比重が軽いので上層に浮かび上がってくる、といった具合です」

 

説明をしながら、カウンターの上に広げた杉の枝葉にパチンパチンとハサミをいれていく。

 

「植物の中にある香りのカプセルを蒸気に乗せて香りを抽出するので、カットするサイズは細かいほうがいいです。森林組合さんと一緒にやる時は粉砕機を使ったりもしますが、枝の太さが不均等だと機械が途中で止まってしまう。だから結局手作業で地道にカットしていくのですが、最初3本あった万能ハサミも酷使しすぎて、とうとうこの1本だけになってしまいました」

 

 

多い時では軽トラの荷台一杯にクロモジを収穫して蒸留したこともあると山野辺さん。彼女はこれまで奈良県天川村や宮崎県五ヶ瀬町など、あらゆる地域の人たちから声がかかって、その土地の自然素材を使った精油製品作りをリードしてきた。手間を惜しまず、面倒なことにおもしろみを見出し、自分の手と嗅覚が生み出すものを信じる彼女の姿勢は、まるで職人のようでもあった。

 

山野辺さんがこうした活動を始めたのは、東日本大震災の復興を願う福島県楢葉町での取り組みがきっかけだった。

 

「yes.として活動を始めたのは2014年ですが、それ以前からセラピストとしてワークショップをしていた私に、楢葉町の人たちが復興のお手伝いをしてくれないかと声をかけてくれました。震災の2年後くらいかな。私も福島のいわき出身で、実家が被災したこともあって、私にできることがあるならと引き受けたんです」

 

ラボの棚には、仁井田本家の自社杉の端材を加工した山型のディフューザーとオリジナルのアロマオイルも並んでいる

 

当時の楢葉町はまだ一般人の立ち入りが制限されていた時期だったが、山野辺さんは何度も足を運び、自分の目で町の現状を見て、町の人たちのために何ができるのかを考えた。そして仮設住宅に暮らす町の人たちに向けてワークショップを実施し、のちに楢葉の名産である柚子を蒸留した精油製品も作られた。

 

「楢葉町の柚子から生まれたクリームやスプレーを、おばあちゃんたちが喜んで使ってくれたんですよ」と山野辺さんは嬉しそうに話す。こころとからだを癒すyes.の活動の根幹には、みんなで共有するワークショップという活動があり、この時の楢葉町での経験が息づいている。

 

エネルギーの純度を上げていく蒸留

 

杉の枝葉を詰めたフラスコ内の水がボコボコと沸騰し始めると、ガラス管の先に置かれたビーカーにポタポタと蒸留水が落ちていき、「後はひたすら待つだけです」と山野辺さん。蒸留が終わるまでの2時間〜2時間半の過程で、植物の香り成分は何十倍にも凝縮されて、ゆっくりと精油に変わっていく。

 

「この蒸留器はデモンストレーション用なので、普段はもう少し大きい蒸留器を使うのですが、一度に抽出できる杉の精油は3ml前後。これだけの量の植物からほんのちょっとしか摂れないんです。その貴重さがわかってもらえたら、みんなもっと精油を大事に使ってくれるようになると思うんです」

 

 

一般的なエッセンシャルオイルのボトルが10ml、つまり1本分の精油を抽出するためには蒸留だけで7時間以上もかかる計算になる。製品を安定供給するためにはどうしても限界があるので、yes.のベースとなる精油は基本的には仕入れたものを使っている。ちなみに、この蒸留によって生み出されるのは精油だけではない。

 

「香りを含んだ芳香蒸留水も、植物によっては化粧水やルームミスト、消臭スプレーになります。また、蒸留の過程でフラスコの中の煮出し液がだんだん濃い茶色になってくるんですが、それを染めに使ったり。仁井田本家から送ってもらった杉の煮出し液で、コットンやリネンの布を染めたこともありますよ」

 

 

端材や間伐材といった廃材に価値を与える蒸留というアプローチは、近年多くの企業や自治体などから注目を浴びている。しかし、同じ精油製品であってもその完成までのプロセスが違えばまったく異なるのだと山野辺さん。

 

「私の場合、暮らしの中で困っていることや改善していきたいことに役立つものづくりを心がけているのですが、時々私のそうしたスタンスとは真逆の依頼を受けることもあります。最初からゴールが設定されていてそこに寄せていくものづくりと言いますか、“誰のために”というニーズが抜けていたりするとどうしても違和感を感じてしまいます。なので私が関わらせていただく以上は、なぜこの製品が生まれたのかという“思い”がちゃんと伝わる製品になるように依頼主とも向き合っています」

 

イラストレーターのアサノペコさんが描いたyes.の世界観。各製品のラベルにはこの絵が分割して使われている

 

自分にYESと言えるように

 

山野辺さんは、yes.の理想的なイメージは「移動ハーブ薬局」なんですと話す。本来ハーブには薬理効果と呼ばれる心身の健康に寄与する働きがあり、ヨーロッパでは古くから街にハーブ薬局というものがある。しかし日本では、薬のようにその効能を謳って製品を販売することは薬事法で禁じられている。だからこそ、自ら各地に赴いてワークショップを開くことで、こころとからだの整え方を参加者自身に身につけて帰ってもらえるような、そんな活動がしたいのだと。

 

「もともとはマッサージや整体の施術サロンを開こうと思って施術サロンで働いていたのですが、施術で使う市販のコスメが自分の肌には合わなかったんです。“オーガニック”だからといって、かならずしも安心なわけではないということをその時に身をもって知ったので、自分のように肌トラブルで困っているお客さまも安心して使い続けられる製品を探し求めるようになりました。そして次第に、見つからないのなら自分で作って伝える活動をしていこうというふうに考えが変わっていきました」

 

 

自分の肌トラブルを改善するために行き着いたのが、余計なものをいっさい入れないというyes.のブランドポリシーだった。そしてyes.という名前には、偽ることなく「イエス!」と答えられる製品を作りますという約束事に加え、使ってくれる人たちに対して「ちゃんとイエスと答えられる食べ物や化粧品を選んでいますか?」という問いかけも込められているのだという。

 

「yes.が日々の生活や自分の選択を見つめ直す手助けになれたら嬉しい。とは言えあまりストイックになり過ぎないでほしいとは思います。私もお酒は好きだし、外食も多いので。そうした生きる喜びをなくしてまで健康でありたいかと問われると、私はそうじゃない。“こころの健康”が1番大事だから。好きなことをちゃんと楽しんで、その分節制した生活を心がけたらいいと思うんです。そのくらいのバランス感で楽しめるセルフケアを、私のワークショップでは伝えていけたらと思っています」

 

 

気づけば蒸留もだいぶ進み、芳香蒸留水がビーカーを満たしつつあった。分液ロートを外して光に透かすと、色のついた精油が上層にうっすら浮いていた。山野辺さんはその香りを嗅いでみるように促すと、「 “いる”って感じがしますよね」と微笑む。そして彼女は、今日の話を締めくくるようにyes.の活動を振り返る。

 

「自分のための一歩を踏み出した先に、こんなに世界が広がっているなんて思いもしませんでした。これまでの様々な出来事一つひとつがここにたどり着くための分岐であって、道になっているんだなって。今日までやめずに続けてきたから今の私があるし、途中で必ず誰かが手を差し伸べてくれた。なかでも同じ福島出身の『髙崎のおかん』の丈さんと、仁井田の女将の真樹ちゃんの二人に出会えたことが私にとっては大きい。二人がそばにいてくれるだけで心強いし、私ももっとできるんじゃないかなって勇気が湧いてくるんです。だから本当に感謝しています。傍から見ればいつもただ一緒に飲んで、ふざけているようにしか見えないと思いますが(笑)」

 

取材・撮影=奥田祐也