都内で燗酒とお料理のコースペアリングのお店「髙崎のおかん」を営む傍ら、燗酒文化の海外普及を目指す「OKAN LOVER」を主宰する髙崎丈さん。「食材・酒・人に火を入れる」をコンセプトに、日本の伝統的な熱の表現を通じて髙崎さんが伝えたいものとは何か、話を訊きました。

 

食材を調理するようにお酒に火を入れる

 

東京・池尻大橋にある髙崎のおかんは、その名のとおり髙崎さんが営む燗酒のお店ということ。暖簾をくぐって中に入ると、店内は厨房を囲むように半円状のカウンターで二分され、8席の客席はスポットライトが照らしていた。まるで小劇場を連想させるがあながち間違いではない。12回の完全予約制のコースペアリングとなっており、髙崎さんとスタッフはその日その時間帯にカウンターに居合わせたお客さんのためだけに、およそ2時間半にわたって食材とお酒を目の前で調理する。

 

厨房側のカウンターの中央には湯を張った燗銅壺が2台置かれている。それぞれ90℃60℃に設定されており、強火と弱火をイメージしているのだそう。ちろりやお猪口も日本酒の特徴に応じて使い分けられている。例えばちろりは、材質によって熱伝導が異なるため、髙崎さんはお酒に合わせて錫、銅、ビーカー、ステンレス、チタンとを使い分ける。髙崎さんはまず、これらの道具を使ってどのようにお酒を調理するのかを説明し、お客さんを奥深い燗酒の世界へと誘う。

 

 

「ちろりを5種類も使い分けるのは私くらいかもしれませんが、調理工程に例えてご説明します。ビーカーは熱伝導が鈍いので柔らかくお酒に火が入る特性があるので、蒸し料理のイメージです。錫は熱伝導が丸い味わいになる特性があるので煮込み料理。銅は熱が早く伝わってキレのあるお酒になるので焼き料理。ステンレスは、カクテルツールメーカーのBIRDY.さんが作られているワイン用デキャンタをちろりとして使っているんですけど、これでお燗を付けると目には見えない粒子が発生して、混ぜながら温めることで味が構築されていきます。お酒の中の空気のようなものを抜きながら練り上げていくイメージに近いので、これは揚げ料理ですね。最後にチタンですが、熱伝導が低いわりに温まりやすい特性があります。僕のイメージでは薪火料理で、薪に含まれる水分が食材の水分を保ってくれるのに似ているんです」

 

一概に火を入れると言っても、ガスと薪では熱の伝わり方は異なる。極論電子レンジでも温まりはするが、違いは一目瞭然だろう。料理人が食材の焼き加減や熱源にこだわるように、髙崎さんもまたいかにお酒に火を入れるかに強いこだわりを持つ。それは食材を調理するという点において、料理も燗酒も同等に捉えているから。

 

 

料理と燗酒のペアリングを、髙崎さんはしばしばお寿司に例える。料理はお寿司のネタ、燗酒はシャリの部分。口内で解ける感覚を味わっていただきたいのだと。確かに言われてみると、シャリはお寿司の美味しさを大きく左右する。程よく空気を含んだ握り具合だけでなく、人肌に対するシャリの温度調整も欠かせない。ネタとシャリが互いを引き立てるお寿司のように、髙崎さんは食材とお酒のそれぞれに向き合っている。そのため新酒が出ても、燗酒に適した状態になるまで開栓して寝かせることもあるという。

 

「僕の中では燗あがりする状態というのがあるんです。開栓して香りを嗅いで、あと3カ月くらい寝かせたらもっと味が上がると思えば、その状態になるまで待ってからお客さんに出すようにしています。ソムリエの方ですと、割とあたりまえにされていることかもしれませんが」

 

仁井田本家の藁で叩いた マナガツオの藁焼き フィンガーライム添え ペアリング→ぐらんくりゅ

 

何のために料理人であるのか

 

髙崎のおかんのコースペアリングは基本7品で構成されている。その時期に手に入る旬の食材を使った料理に、口内調理でさらに味を引き立てる燗酒をそれぞれ掛け合わせる。髙崎さんが燗酒用にセレクトする日本酒・クラフトサケの条件は、自然米か有機米、生酛か山廃造り、そして熟成されていることの3点。この条件からしても、仁井田本家のお酒は自然とコースに組み込まれてくるのだという。

 

食材は減農薬や無農薬、無肥料、無堆肥の野菜を中心に、アニマルウェルフェアの農場の卵やお肉が基本となっている。そして何より旬の食材を大事にしている。だからこそ、コースメニューも月替わりではなく、食材が出てくる時期に合わせて細かく調整する。常に季節の移ろいを肌で感じ取ろうと努める髙崎さんの姿勢に感銘を受けていると、「でもそのほうが自然じゃないですか?」と平然と答える。

 

香箱蟹のスープ 古代蓮根餅 銀杏

 

「これだけ毎年のように異常気象と言われていることですし、暦通りに安定して手に入る旬の食材なんてありませんから。それに、その時に出会った旬の食材で料理を考えるほうが、クリエイティブなものは生まれると僕は思っていて。だからなるべく自分に対して制限をかけるようにしています。熱量のある八百屋さんから、『ここの里芋はすごく美味しいからぜひ使って!』と言われたら、それを使って何が作れるかをまず考えてみます」

 

人との繋がりを大事にする髙崎さんは、機会さえあれば自分の足で生産者のもとを訪ねる。そうして繋がることができた生産者の食材やお酒は積極的にメニューに取り入れることで紹介し、さらには飲食という体験を通じて興味を持ったお客さんのためにも、髙崎のおかんのホームページ上で紹介をしている。

 

「生産者さんは基本的に忙しいので、会っていただけるのは本当に幸運なこと。そもそもこちらの都合で押しかけるのもどうかと思うので、そこはわきまえないといけないところでもあります。でも僕は生産者さんこそもっと注目されてほしいし、そのためにも僕ら飲食店が頑張らなければいけないと思う。だから今後はイベントであったり、より生産者さんがフォーカスされるような活動をしていくつもりです」

 

髙崎さんによる料理の説明は、誰が作った食材かが重視されている。説明の最中、「僕はこのような一次産業の方たちのために料理人をしているんです」という髙崎さんの言葉が印象的だった。話を聞いていると、その根底には髙崎さんが福島県の双葉町出身だということも少なからず関係しているようだった。

 

双葉町は震災と福島第一原発の事故によって、11年半の長きにわたって全町民が避難を強いられてきた町。震災当時、『JOE’S MAN』という居酒屋を町内で営んでいた髙崎さんは移住を余儀無くされ、2014年に都内で福島の地酒や食材を扱う飲食店『JOE’S MAN 2号』として再出発を果たす。

 

髙崎さんが仁井田本家と出会ったのはJOE’S MAN 2号がオープンして2~3年経った頃、経堂にあるつきや酒店から勧められた「金自然酒」をお店で取り扱うようになったのがきっかけだった。そして当時仁井田本家の専属お燗番をしていた水原将氏と親密になったことで、仁井田本家のイベントにも彼のサポート役として立つようになる。自然に沿った昔の製法で造られている仁井田本家のお酒でお燗を付けるうちに、髙崎さんは燗酒の世界に魅了されていく。燗酒という伝統的な熱の表現を世界に広めていくにあたって、居酒屋という業態に限界を感じるようになった髙崎さんは、202112月に『髙崎のおかん』として再スタートを切った。

 

この日出されたお酒。仁井田本家のお酒は「しぜんしゅにごり」と「にいだぐらんくりゅ2024」がコースに組み込まれている

 

熱の表現だから伝えられること

 

燗酒を世界に伝えることは、日本酒やクラフトサケの魅力、つまり日本の農作物の素晴らしさを伝えることと同義と言える。髙崎さんは燗酒に向き合う中で、自分は今第3フェーズに立っていると話す。第1フェーズは、燗酒に向くお酒の分類を把握して、料理に合わせていくこと。第2フェーズは技術。道具を使いこなし、製法の異なるそれぞれのお酒に合った温度帯を理解することで、どんなお酒で燗を付けても美味しくできること。そして第3フェーズは、燗酒を通じて何を伝えたいのかということ。

 

髙崎さんは数年前から燗酒文化の海外発信のために、「OKAN LOVER」という活動を始めた。髙崎のおかんのようなコースペアリングではなく、もっとフランクなアラカルトで燗酒ペアリングによって、日本の伝統的な食文化を今の時代に合った形で表現している。

 

「海外で特に考えさせられたことですが、技術だけを磨いたところで、その先に伝えたいことがなければ意味をなさない。では燗酒を通じて自分は何を伝えたいのかを掘り下げていくと、仁井田さんのようなお酒を世界に伝えていきたいって思ったんです。自然栽培や有機のお米でお酒を造る蔵元さんがどんなことを考えられているのか、なるべく多くの人に伝えるお手伝いをして世界が注目するようになれば、日本酒の価値変動が起こるかもしれない。日本酒が高値で売買されて蔵元さんの評価も上がり、それに伴って農家さんもより高くお米を買い取ってもらえるようになると、余裕ができてやりたいことにチャレンジできるようになる。それが生産者さんの個性となってさらなる需要を生むだろうし、OKAN LOVERとしてのパフォーマンスもさらに勢いを増していく。循環を生むことが社会はうまく回していくためには必要だと思っています」

 

にいだぐらんくりゅ2024

 

そう話すと、まるで自分に言い聞かせるように「だからやっぱり僕ら飲食店が頑張らなきゃいけないんです」と言葉を付け加える。そんな髙崎さんに、仁井田本家とのかかわりについてさらに聞いていくと、次から次にその思いが溢れ出てくる。

 

「僕は同じ福島の人間として、仁井田さんのことを誇りに思っています。穏彦社長は28歳の若さで蔵を継ぐことになって、きっと大変な苦労をされてきたはず。さらに追い打ちをかけるように東日本大震災が起きた。でもそんな中でいち早く動かれて、放射能汚染の風評被害に苦しむ福島の有機農家さんの力になるべく、うちが買い取るからと飯米から酒米への切り替えを促していったんです。そうすることで、仁井田本家のお酒に使っているお米は安心安全だと伝え続けてきたという姿勢に僕は感銘を受けました。さらに、風評を払拭すべく『にいだの感謝祭』を始めたんですよね。酒蔵とは本来、集落における中心的な役割を担う場所だったことから、地域復興のためにはまず酒蔵が盛り上がっていかなければと仁井田さんは活動されてきたんです。穏彦社長と以前お話をした際に、『福島全体が復興・再生していかないと意味がないから』とおっしゃっていました。自分たちだけ良ければいいわけではない。利他の精神というものをちゃんと行動で示せているのはすごいことですよね」

 

現在髙崎さんも福島のために、双葉町のために新たなアクションを起こしている。2022830日に双葉町の避難指示が解除されると、髙崎さんは双葉町に農地を買った。人口0人の双葉町がかつてのにぎわいを取り戻すためには農業が必須だと考えた髙崎さんは、自ら率先して自然栽培による安心安全な野菜を育てることに挑戦しようとしている。

 

毎回コースの〆のご飯として出されているつちや農園の自然栽培米・亀の尾。ここは仁井田本家の契約農家でもある。アニマルウェルフェアのやますけ農園の卵で、卵かけご飯にしていただくと一層美味しい

 

次世代のために今できることを

 

2024年にOKAN LOVERの活動で髙崎さんが訪ねたのは5カ国7都市、パリやチェンマイなどでは仁井田本家とともにPOP UPイベントも開催してきた。その手応えをどう感じているのだろう。

 

「行ってみないと始まらないなって思いました。いちいち理由を探していてもしょうがないと言いますか。もちろん道具も食材も限られてくるので、調理するにはベストな環境ではありませんが、その中でベストを尽くすから新しいクリエイティブが生まれる。新しいことにチャレンジしていること自体が面白いですよね。だから結果がすべてではないと思っていて。世の中の流れとマッチすれば勝手に跳ねるだろうし、それが早いか遅いかだけであって、そうなるのが次の世代であっても僕はかまわない。でもそのためには、誰かが歩き始めなければ道はできていかないと思っています」

 

 

髙崎さんは、海外でのPOPUPや地方でのイベントは自分にとって藝事なのだと話す。華道や茶道、香道といった精神性を重んじる日本の伝統文化は藝道と呼ばれるが、熱の表現である燗酒もまた藝道として世界で華開くものになり得るのではないか。興味深いことに、藝という字は「草木の苗を植える姿」が由来となっているらしく、まさに髙崎さんが伝えたい酒蔵や生産者の姿とも重なる。

 

「穏彦社長が以前こんなことをおっしゃっていました。十八代目ということは、これまで18人の蔵元が300年もの歴史を繋いできたということであって、おそらくその代によって当たり年もあればハズレ年もあっただろうと。震災などの苦難を経験した穏彦社長の考えとしては、たまたま自分はハズレ年に当たっただけなのだと。おそらく今の自分よりも大変だった時代は絶対あっただろうし、それでも先代が必死で繋いできてくれたから今がある。だからどんなことがあっても次の代に繋いでいくことが重要なんだと。その話が強く印象に残っています。仁井田さんのそのような考えは僕の指針になっています。僕は今40代ですが、飲食店をやっている僕らの年代っておそらくそんなにいい年回りじゃないと思うんですよね。周りの料理人たちもそう感じているみたいで、自分たちが世間の脚光を浴びようというよりも、次に繋がればいいよねって考えている人が多い。きっとハズレ年の精神みたいなのがあるのかもしれませんね(笑)。でも今後、今の若い子たちの中から世界で活躍するようなすごい人たちがどんどん出てくると思うんです。だからそういう子たちが挑戦したいと思えるようなフィールドを育てることが今は大事。プロ野球やサッカーにしても、やっぱりメジャーリーグや欧州リーグへの道を拓いた先人がいたからこそ今の盛り上がりがあると思うんです。前例ができることで、思い描ける夢のスケールというのは変わってきますから」

 

髙崎さんにとっての到達点を尋ねてみると、「自分がいようがいまいが、世界のあちこちで勝手にみんながOKAN LOVERの活動をしているのが理想ですね」と答える。そのためにも燗酒の思想的な部分が欠かせないので、現在は海外向けの英語の本も執筆中なのだという。髙崎さんが燗酒を通じて創ろうとしているのは、形あるものではなく現象なのだと思い知らされた。

 

ゴールから今はどのあたりにいると思いますかと尋ねてみると、「まだスタートラインです。『ONE PIECE』で例えるなら、まだグランドラインに入る前ですね」と柔和な笑みを浮かべる。道のりは長い。ではいったい何が髙崎さんを駆り立てるのだろうか。それは髙崎さんの次の一言に集約されている気がした。「気づいてしまったのが、たまたま自分だから」。誰かが動くのを待っていては燗酒文化も衰退してしまうし、双葉町の復興も始まらないのだと。行動する理由を探すのではなく、まずは自分で動いてみる。髙崎さんが熾す小さな火種は、目に見えない熱となって確実に世界へと伝わっていくだろうと確信した。

 

 

 

取材・撮影=奥田祐也

 

髙崎のおかん

住所:東京都目黒区青葉台3-10-11青葉台フラッツ101

営業時間:2部制

1door open 17:45~18:00】一斉スタート

2door open 20:40~20:45】一斉スタート

定休日:日曜日(不定休) イベントによって変動します

Tel090-6327-1206

Instagram:@takasakinookan

HPhttps://lit.link/takasakinookan