ポルトガル料理研究家であり、食と旅を軸に文筆家として活躍する馬田草織さん。自分にしっくりくる食事ほど心を満たすものはない、日々のなにげない料理こそ大切だと考える馬田さんは、にいだの料理酒「旬味」の愛用者であり、にいだ公認旬味マイスターでもあります。そんな馬田さんにとって、家庭料理とはどういったものなのでしょう? 旬味を使ったおいしいレシピの話も交えながら、馬田さんのこれまでとこれからについてお話を伺いました。

 

暮らしから生まれ、受け継がれてきた料理

 

野菜炒め、味噌汁、カレーライス……家庭料理と聞いて思い浮かぶのは、どこか素朴でごく身近な料理。

「家庭料理ってどんな存在ですか?」そんな直球な質問を投げかけてみると、「家庭料理って〈動的平衡〉の最たるものだと思うんです」と馬田さん。

 

動的平衡とは生物学者の福岡伸一さんが提唱した概念で、細胞が入れ替わり続ける人間の身体がいい例。外見は変わっていないように見えて細部が常に変化し続けることで全体のバランスを保っていることを言うが、家庭料理が動的平衡とはどういうことなのだろう?

 

「例えば味噌汁ひとつとっても、日々レシピは変わります。昆布やいりこで出汁をとるときもあれば出汁パックにしたり、具も旬の野菜から定番の豆腐など。体調や好みで味噌を変えたりと、鍋の中で常に小さな変化をし続けている。名前は同じでも毎日マイナーチェンジが加わっている。あるいは、私の好きなポルトガルの伝統料理には、百年以上昔からある『干しだらとじゃがいものグラタン』というメニューがありますが、調理道具が便利になり、作る人の技術も洗練されて昔よりはるかにレシピが簡略化し、家庭ごとに味付けもアレンジが加わっている。でも、干しだらとじゃがいものグラタンであることに変わりはない。それって細部が常に変化する〈動的平衡〉そのもので、まるでマイナーチェンジしながら変化を続けている人間のようだなと。なんだか面白くないですか?」

 

ポルトガルの料理を記録したスケッチブックには、写真付きのメモがびっしり

 

家庭料理には、その時代や土地ごとの暮らしが反映されている。それはポルトガルも日本も同じ。生活様式が変化してもなお昔から食卓にあがる料理というのは、世代を超えて愛され続けた必然の料理であり、変わらないようで変化し続けている〈動的平衡〉の最たるものだと思うんです。」

しかし、馬田さんがこんなふうに考えるようになったのは割と最近のことだという。

 

もともと本や雑誌が好きで出版社に入社した馬田さん。家庭料理というものを最初に意識したのは、配属先の月刊誌で料理企画の担当になってからのこと。毎号切り口を変えながら料理を紹介するべく、レストランのシェフや料理研究家に取材を重ねる日々が続いた。

 

「そのときはまだ若くて、リアルな暮らしというものを全くわかっていなくて。だから、とにかくかっこよくて目新しい料理を紹介しようと壮大にからまわってました。いまさらながら、当時の若気の至りを反省しています」

 

 

やがて出版社から独立し、ライターとして料理専門誌を中心に活動し始めた馬田さんの生活環境は目まぐるしく変わっていった。ポルトガルに魅了されて現地に赴き、レストランやワイナリーの取材を重ね、2008年には初の著書『ようこそポルトガル食堂へ』(幻冬社文庫)を出版。その翌年に一児の母になり、同時に離婚も経験。取材と執筆、乳児を育てつつ家をまわすという仕事とプライベートの境のない日々の中で、本当に必要な家庭料理というものを思い知らされる。

 

「生活の中での料理を求める人がきっと知りたいのは、目新しい料理よりも手軽でおいしい旬の野菜炒め。それを痛感しました。だからこれからは、朝寝ぼけながらでも仕事から疲れて帰ってきてでも作れるような、リアルな料理を紹介していきたいと思うようになったんです」

 

そんな馬田さんが提案する家庭料理は、ありあわせの材料と工夫が光るブリコラージュだ。例えば書籍で紹介している〈カリカリ納豆素麺炒め〉。ひきわり納豆と豚バラ肉に長ねぎやしょうが、にんにくなどの香味野菜を炒め、そこに茹でて冷凍しておいた素麺を加え炒め合わせる。味つけは日本酒と柚子胡椒。保育園児を育てている頃、買いものにいく時間すらないときに、家にある材料でつくったのがきっかけだそう。

 

素麺や蕎麦はまとめてゆでて小分けし、 ほぐれやすいようにごま油をまぶして冷凍ストックしておくと便利

 

 

 

「本来の家庭料理は、季節の食材や各人の好みから生まれる必然の料理だと思います。以前、土井善晴さんが『家庭料理は民藝』と話されていましたが、本当にそう。民藝のように美しさや出来栄えを競うのではなく、個々人の暮らしから自然に生まれる極めて個人的なものだと思います。この納豆素麺炒めも、納豆好きな我が家がいつも冷蔵庫にストックしている食材から生まれました。生活は続けていくものだから、無理のある料理は自然と消えていく。ってことは、いつもよく作る料理って実はワンパターンなのではなく、その人にとっての最適解なのでは。ちょっと言い訳っぽいかな。笑」

 

おいしさを底上げする料理酒「旬味」

 

ちょうどいい味というのは、お風呂の湯加減のように人それぞれ。それゆえ、自分にしっくりくる食事ほど、自分を満たしてくれるものはないと馬田さんは考える。そこで大事なのがベースとなる味付け、つまり調味料だ。特別な素材を使わない代わりに、調味料は選びたい。そんな馬田さんにとって、料理酒はとても重要な調味料だという。

 

「料理酒を入れると味が格段に上がる。味わいにふくらみが出ます。和食の料理人を取材すると、みなさん決まって料理酒にこだわっていて、やっぱり味の要なんだなって。そこから料理酒を調べていくうちに、旬味にたどり着いたんです」

右の小瓶は、旬味と柚子胡椒を合わせた馬田さんオリジナルの調味料「柚子胡椒酒」

 

 

料理酒とは、一般的に日本酒に食塩が添加された醸造調味料のことで、アミノ酸が多く含まれている。だから料理にうま味とコクが加わり、肉や魚の臭みを消してやわらかくする効果もある。ちなみに旬味は純米100%の料理酒で、無農薬・無科学肥料の自然米と米麹と天然水だけで仕込まれている。食塩も添加されていない純粋なアミノ酸調味料なのだ。

 

「でも正直、旬味は料理酒としてはちょっと高いな、とも思っていました。2019年に雑誌の仕事で蔵を取材するまでは。で、実際に現場で旬味がどうやって作られているのかを知ったら、驚きました。そもそも酒米づくり、つまり田んぼからのスタート。しかも、仕上がりのアミノ酸の量は通常の4倍ほどにもなるよう緻密に計算されて仕込まれている。その時間と労力を考えれば、もしや安いのかも。しかも日本酒は年に一度しかつくるチャンスがない農産物。だから料理酒って、贅沢な発酵調味料なんだと理解が深まりました」

 

そんな馬田さんは現在、仁井田本家から「旬味マイスター」に任命されている。せっかくなので、簡単な旬味の日常使いを伺った。

 

にいの感謝祭2025では、旬味を使った青空料理教室を披露した

 

「一押しは『柚子胡椒酒』。柚子胡椒大さじ1から2を旬味50から100ccに溶かして小瓶に入れ、使う直前に瓶ごとシェイクしよく混ぜます。これはとても優秀で、肉野菜炒めやチャーハン、焼きうどんの仕上げにサッとかけるだけで味が決まる。柑橘のフレーバーと辛味と塩味、そしてうま味が混ざっているのでまさに万能調味料です。先ほど紹介した納豆素麺炒めでも必ず使うのですが、香味野菜や豚肉、ひきわり納豆を香ばしくなるまで炒め、麺を投入したら柚子胡椒酒を好きなだけ加え、ほぐしながら炒めます。爽やかな辛みとうま味が飽きません。好みで刻んだ大葉や菜葉を加えてもいい。黒七味も合います。ほかにも、違いがわかりやすいのはアサリの酒蒸し。貝類に含まれるうま味成分のコハク酸と旬味に含まれるうま味成分が掛け合わさって、俄然おいしくなります。

あと、鍋の季節には納豆味噌キムチ鍋。キムチと豚バラ肉を炒めて旬味を多めに加え、春菊やニラなどの野菜、最後にひきわり納豆を入れます。あるいは、ワイン蒸しと同じ要領で肉料理の仕上げに旬味をちょっとふって蓋をして蒸すと、明らかにうま味が増します」

 

発酵の過程で生成されるアミノ酸はワインにも含まれる。ポルトガルでは料理酒と同様の役割としてワインが用いられる。例えばたっぷりの赤ワインで煮込んだ豚肉料理など、ワインはポルトガル料理でも大活躍だそう。

 

 

自分らしく、面白がって生きていくために

 

ポルトガルは魚介のリゾットや炊き込みご飯といった米料理が豊富で、一人当たりの米の消費量はヨーロッパで一番だ。ワインの一人当たりの消費量も世界一。つまり、ポルトガルは日本と同じく米で呑む国なのだと知ってから、馬田さんとポルトガルとの距離はグッと縮まっていった。2013年からは毎月自宅をベースに全国各地で「ポルトガル食堂」という食事会を開催していて、ポルトガル料理とワインを紹介しながら、みんなで食事と会話を楽しんでいる。Instagramで募集をかけると、たちまち満席になる盛況ぶりだ。

 

今やポルトガル料理の伝道者として活躍する馬田さんだが、レストランなどで修業したわけではなく、いわゆる独学の人。取材現場で料理人や家庭料理の達人たちに教わったポルトガル料理を日本で何度もふるまううちに、いつしか仕事になったという。

 

「ポルトガルで出会った料理人で印象深かった人たちはみな、家族や親族から料理を学んだと胸を張っていました。レストランも、家族経営が圧倒的に多かった。私が好きなポルトガル料理の多くは、各地で大切に作られてきた料理、つまり家庭料理がベースだったんです。ファッション化されていない、暮らしの中から生まれた料理。ポルトガル料理のそういう面に魅かれていったんだと思います」

 

出版社主催の馬田さんの料理教室での一幕。 彼女考案の家庭料理に参加者たちから感嘆の声があがる

 

馬田さんは今でこそ料理家としても活動しているが、もとは料理人たちを取材する側。だからはじめは、自分は「書く人」なのに料理を教える側にいていいのだろうか、という葛藤もあったという。だがあるとき、仕事で訪れた天草の南蛮菓子店の店主から言われた一言がきっかけで、料理を作る仕事への向き合い方が変わったという。

 

「『馬田さん、ポルトガル料理研究家って名乗ることにまだちょっと照れてるでしょ?』って言われたんです。でも、もう照れないでと。誰よりもポルトガルの食を取材してきたんだから、もっと堂々とやって欲しいと。で、そのときに思ったんです。支持してくださる方がいらっしゃるのに、私自身が謙遜したり照れがあるというのは失礼なこと、もっと覚悟を持とうと」

 

肩書きというのは便利だが、反面自分を自ら定義づけ、活動範囲を限定することにもなる。周囲から求められ続けたものが、結果としてその人の仕事になっていくケースだってある。だからこそ、決めつけずに自分の活動の幅を広げていきたい、そしてこれからは、同じ方向を向いている人とコラボレーションをしていきたいと言う。

 

「そういう意味では、仁井田本家さんは私にとって理想の相手です。仲良しで馴れ合うのではなく(もちろん仲良くしていただけて嬉しい!)、お互いにプロとして価値を認め合い、業種の垣根を越えて新しい価値を生み出せます。まわりも自分も面白がりながら、結果として三方よしで仕事になっていく。そんなふうに活動していきたいのです。個人的にはこれからは、もっと調味料としての日本酒の可能性を家庭料理の中でアピールしていきたい。こうして願望を声に出して動いていれば、また面白い企画が思わぬところから生まれるかもしれません。ほら、私にとってポルトガルとの出会いがそうでしたから」